3回目の緊急事態宣言が発令されたのが、2021年4月25日。新国立劇場バレエ団が5月1日から予定していた「コッペリア」の公演は、全て中止となってしまった。チケットを買っていた者にとってこれほど悲しいことはない。出演するダンサーや公演に関わるスタッフなら尚更だろう。コロナ禍になってから、エンターテイメント業界は苦境を強いられ続けている。
全キャスト無料ライブ配信!?
楽しみを奪われた脱力感に陥っていたのも束の間、なんと新国立劇場バレエ団は全キャストの無料ライブ配信を即座に決定してくれた。吉田都監督の采配なのか、この英断には本当に頭が下がる。直前で対応できなかったのかもしれないが、本来有料で観るものを、無料で、しかも全キャストを配信してくれるなんて、バレエファンとしては感動が体中を駆け巡る朗報!なんて太っ腹なサービス!!
配信日時 | スワニルダ | フランツ | コッペリウス |
2021年5月2日(日) 14:00 | 米沢唯 | 井澤駿 | 中島駿野 |
2021年5月4日(火・祝)14:00 | 木村優里 | 福岡雄大 | 山本隆之 |
2021年5月5日(水・祝)14:00 | 池田理沙子 | 奥村康祐 | 中島駿野 |
2021年5月8日(土) 14:00 | 小野絢子 | 渡邊峻郁 | 山本隆之 |
芸術監督からのメッセージ
この度の『コッペリア』公演中止に際しまして、多くの方より温かいお言葉を頂戴し、有難うございます。
新国立劇場バレエ団公式ページより
『コッペリア』全キャストの無料ライブ配信が決定致しました。
無観客になってしまったことはとても残念ですが、このような形で全国の皆さまにお届け出来ることを嬉しく思います。
そして、コロナ禍で苦しんでおられる方がたくさんいる中、ダンサーたちがこうして舞台に立てるだけでも有り難く思います。
今回デビューのダンサーたちもおりますし、同じ作品、振付でもキャストが変わるとこんなにも違うのだということを楽しんで頂けると思いますので、どうぞご期待ください。
新国立劇場舞踊芸術監督 吉田都
この感動を共有したい!
外出自粛期間で仕事も完全リモートになり、もちろん全キャスト拝聴しましたよ。観にいく予定でチケットも買っていた公演が中止になるのはとても残念だったけど、無料配信のおかげで、幸せなおうち時間を過ごすことができた。
各公演のそれぞれのダンサーの素晴らしさや表現の違いなど、個人的に思うところはいろいろとあるけれど、ここには記さない。一緒に観た友人やバレエファンの方々と直接お話ししたりして共有して愉しむのが私のスタイルなので。それぞれの立場や専門から感じたことや知識などを深掘りしてお互いに対話をしたらかなり面白い。そういうおしゃべりをしたい方は、私の教室の生徒さんになっていただくか、どこかの劇場で声をかけてくださいませ。
「ニューイヤーバレエ」の時と同じでアーカイブはされないので、指定の日時に観なければ二度と観ることができない。この貴重性もライブ感が味わえて良い。瞬間視聴者数が最大で3万人を超えていたようで、劇場とは違うスケールで世界中から観てた人たちがいることがわかる。移動しながら観た人もいただろうけど、外出せずに観た人が大半だろうから、緊急事態宣言の外出自粛に大きく貢献しているはず。ネット配信の圧倒的な拡散力すごいわ。
最初の2回を見た時点ですでに、同じ作品でもキャストによって表現が全然違って、それぞれの解釈が垣間見れてとても面白く、有意義な時間を過ごすことができた。こんな素晴らしい作品とハイレベルなダンサーたちのバレエを無料で観られるのに、一人で観ているだけではもったいない。この感動を共有したいと思ってしまう。だって劇場なら、幕間や終演後に感動を共有する時間があるから。
大人バレエの講師として、バレエ鑑賞の面白さを伝えることも指導の一環だと考えている私としては、生徒さんたちとこの感動を共有したいと思い、最終日の小野絢子ちゃんの公演はZoomで解説をしながら一緒に鑑賞することにした。
バレエは習ってるけど観たことはない問題
問題ってほどのことでもないけれど、バレエ講師の間でよく話題になるテーマ。ここ10年くらいで、大人向けの健康バレエ教室が急激に増え、子供の習い事としても人気が高いバレエ。けれども、劇場へ観にいく人は微増⤴︎程度。とにかくリピーターが多い。バレエ関係者かバレエマニアやファンの方々が何度も鑑賞している。新参者の入る隙がないというか、初めてさんいらっしゃ〜いって雰囲気はないような気がする。
良い作品やレベルの高い技術を実際に見て学べることはすごく多いと思うけど、今はネットで世界中の動画が見られるし、大人から始める人の目的は「健康維持」とか「姿勢改善」とか「ダイエット」だから、自分とはかけ離れたレベルのバレエを、高いチケットを買って、わざわざ劇場まで行って観ることに興味がないのは当たり前。まぁ確かにそうかもしれないんだけども、やっぱりバレエ講師としては、たくさんの人にバレエの面白さや素晴らしさに触れて欲しいし、大人バレエのレッスンでやっている基礎が結集した最高レベルの形がどんなものか知って欲しいし、観るだけで心が豊かになるバレエ芸術の魅力を伝えたいと思ってる。
せめて、私の教室に習いに来てくださっている生徒さんたちには、バレエ鑑賞の面白さも味わってもらいたいと思い、今回のライブ配信を一緒に観て、初めてのバレエ鑑賞でも理解できるように解説することにした。
バレエ鑑賞初心者さんにはオンラインがおすすめ
今までバレエに触れたことがなくても、一生に一度は本物を観たいと思っている方は多い。だけど、「なんか敷居が高くて難しそう」とか「チケット高い割によく分からない」と一歩踏み出せずにいませんか?
そんなバレエ鑑賞初心者さんにおすすめなのは、実際に劇場へバレエを観に行く前に、まずオンラインで鑑賞してみよう!ってこと。劇場で観るよりも安いし、一定期間アーカイブされているものなら、一時停止したり、何度も繰り返し観られるし、事前に内容を理解してから観れば、誰でも必ずバレエを心置きなく楽しめる。
バレエが分かりにくいと感じてしまう大きな理由の一つが、言葉の説明がないこと。事前に物語の流れや動きの意味を知っていないと理解できない舞台芸術だから。基礎知識がないまま観ると、ただ「美しい〜」とか「キレイだったー」で終わってしまって、せっかくのチケット代金に見合う価値を感じられない。これは非常にもったいない!実際に、私が解説しながらオンラインで一緒に観た生徒さんは、その後、自信を持って劇場へ観にいき、すっかりバレエの面白さに目覚めて、今や解説ができるくらいのファンに。
今回は、初心者のためのバレエ鑑賞のポイントだけでなく、この夏おすすめのバレエ公演もご案内。これさえ読めば、これからいっさい躊躇すること無く、堂々と胸を張って劇場へバレエ鑑賞に行くツウな観客になれますよ。
初めてのバレエ鑑賞のポイント
バレエは、権利関係(振付・音楽・デザインなど全ての著作権)がとても厳格かつ複雑で、これまでオンラインで配信されることはほぼなかった。でも、世界中がコロナ禍でバレエを上演できない時間が長くなり、無観客上演でネット配信されるようになった。劇場へ観に行くよりも安価で、気軽にバレエが観られる時代になった。今こそ、バレエ初心者さんいらっしゃーい!!
①まずは全幕のバレエがおすすめ。事前に作品の物語や時代背景を予習しておく。
物語のある2幕や3幕仕立てのバレエ作品がおすすめ。物語を知っている作品ならなお良し。「シンデレラ」とか「眠れる森の美女」とかディズニーでお馴染みの作品もある。
バレエの起源は宮廷舞踊で、劇場は貴族たちの社交場だった時代がある。教養を身につけている者だけが理解できる高尚な芸術だったので、事前に理解してから観る方がより深く楽しめる。
②バレエには言葉の説明がない。マイムとヴァリエーションを理解しておく。
動きだけで物語を伝える場面(マイム)と、踊りの技術を見せる場面(ヴァリエーション)が交互に出てくる。よく出てくるマイムは「愛してる」とか「踊りましょう」とか。それと、ダンサーたちのバレエの技術を魅せてくれるヴァリエーションは動き自体に意味はないので、ただただ踊りの美しさや回転技術やジャンプを楽しみ、すごーいって思ったら拍手!
③実際にバレエを観てみる。
最初から全てを理解しようとせず、とにかくオンラインでバレエ作品を観てみる。ちょっと面白いなって思ったら、次は劇場へ。予習してるから、堂々と胸を張ってバレエ鑑賞に行ける!
劇場では、その日の配役や解説パンフレットを配布していたり、公演についての様々な情報が載っているプログラムを販売しているバレエ団もあるので、開演前や幕間の休憩の時に読むとより理解が深まる。
④劇場でのマナーを知っておく。
- 客席の選び方
1・2階の真ん中が一番観やすいS席。バレエでは必ずしも前方が良席とは限らない。舞台全体が奥まで見えるところが良席とされ、VIPの招待席は客席中央の通路のすぐ後ろであることが多い。1・2階の端になるとA席やB席、3階以上のC席や舞台の端が見切れるD席を格安で販売する劇場もある。観る場所は個人の好みや作品によって変わるし、お財布事情によっても選択できる。 - チケットの買い方
主催バレエ団のサイトやチケット販売サイトで。送料や発券手数料などがかかるので購入時に確認を。
チケットが残っていれば当日券を劇場で購入できるが、良席を求めるなら、事前に購入しておくのがベスト。人気の高いダンサーが出演する公演は完売することもある。バレエ団によっては、当日券が前売券よりも高い価格になっていることもあるので、確認しておくこと。
出演者に知り合いがいる場合は、直接聞いてみてほしい。出演者にチケット販売ノルマが課せられいることもある。 - 服装
厳格なドレスコードはないから、少しおしゃれしてデートやお食事に行くような服装でOK。
劇場によっては、クロークにコートや荷物を預けることもできるが、コロナ禍で荷物預かりを中止していることもあるので、事前に確認を。 - 遅刻厳禁・上演時間は休憩を含めて2〜3時間
開演の5分前に1ベルが鳴るので、それまでに到着して座席を確認しておく。始まると移動できないので、トイレに行っておいた方が良い。遅刻すると次の休憩まで客席に入れず、ロビーのモニターを観ることになる。これはツラい。
2ベルがなったら上演開始の合図。客席が暗くなり、指揮者が入ってきたら、拍手で迎える。オーケストラの演奏が始まり、幕が上がる。ワクワクするこの瞬間が好き。 - 飲食
客席での飲食は原則禁止。映画館とは違うので要注意。
幕間の休憩は、舞台転換や衣装替えなどがあるため、20〜30分もある。その間にロビーでシャンパンや軽食、コーヒーやケーキを食べながら、友人たちと舞台についてのおしゃべりを楽しむ。これが社交場としてのバレエ文化の愉しみ方の一つ。ロビーに衣装が展示してあったり、次の公演の案内があったりするので、歩いてみて回るのも面白い。 - コロナ禍でのバレエ鑑賞
厳しい状況が続いている舞台芸術業界。コロナ感染予防対策を徹底して、なんとか上演できるようにみんなが頑張っている。
観客ができることは、チケットを購入して観に行くこと、そして、コロナ感染予防に協力すること。早めに行って検温したり、連絡先を提出したり、マスクをしておしゃべりを控えたりして、公演が成功するように祈るしかない。もし、急に公演が中止になってしまったとしても、チケットは払い戻しできるし、その代金をそのまま寄付することもできる。オンラインで観ることも応援の一つの方法。
とにかく今は、コロナが早く収束に向かってくれることを祈るしかない。
解説つきオンラインバレエ鑑賞をやって分かったこと
私の教室で大人バレエを始める方の中にはバレエを観たことがない方も多い。初めてバレエを観る方にもわかるように、物語やマイムの意味を説明したり、「コッペリア」の歴史や民族舞踊の音楽のことなど、見どころなどを解説しながら一緒に観た。
受講者の感想を聞いてみると、いろんな『?』があることが分かった。バレエを知っている人から見れば「これはわかりやすい」という場面でも、初めての人には「この意味で合ってるのかな」という不安がよぎるし、「ちょっと今よくわからなかった」って思いながらどんどん進んでいってしまう全幕バレエを長時間見続けるのは、とても疲れるのだと知った。解説を聞きながら見ると「自分の解釈が合ってる」って確信できるし、予習したことを思い出したり想像したりして常に考えながら見なくていいから、心から楽しめるんですね。
それに、解説で作品の歴史的背景や作られた経緯などを聞くと、「他のバージョンも見てみようかな」とか「このダンサーの他の作品も見てみたいな」とか「この音楽をもう一回聞きたいな」とか、どんどんどんどん興味が広がって、やがてそれが沼になってゆくわけだけど(笑)、面白いなって思う最初の一歩がすごく大切だと思った。
思えば、私が初めて歌舞伎を観た時も同じだった。どうやってチケットを買ったら良いのか、どんな服を着て行ったら良いのか、その業界では常識と言われるお作法が全くわからないから、とても一人で行く勇気は出ない。事前にプログラムを穴が開くほど読み込んでから観たとしても、イヤホンガイドがなければ、動きや音楽の流れと同時に理解するのは無理!
私の解説が完璧とは思っていないし、バレエ評論家さんやバレエライターさんのように深く勉強しているわけではないけれど、元ダンサーとして、舞台の雰囲気とか衣装の感触とか音楽の感じ方とか、本や資料で学べること以外にもバレエの面白さをお伝えできればいいな。どんなきっかけであれ、バレエファンが一人でも増えてくれるのは、バレエ講師としてこの上ない喜びなのです。
とにかく、新国立劇場バレエ団の全キャスト無料ライブ配信のご英断には心から深く深く感謝します。ささやかですが、寄付をさせていただきます。
次回の「ライモンダ」もチケット手配済み。劇場でバレエを観られる日を心待ちにしています!!
「する・みる・ささえる」
もはやスポーツマネジメント業界では当たり前の言葉だけど、一般にはまだ浸透していない専門用語かもしれない。バレエでもこの3つが業界を盛り上げてくれるのではないかと私は本気で思っている。
- バレエをする
する人を増やすために、ダンサーの働く環境を整えたり、習う方の教室やクラスを増やす。 - バレエをみる
観る人を増やすために、公演や基礎情報などの普及発信、新規顧客獲得を目的としたキャンペーン、コラボ企画、イベントなど。 - バレエをささえる
業界全体を支えてくれる人を増やすための長期的視野に立った施策。ダンサーや舞台上演を応援したり、支えたりすることの価値ややりがいをあらゆる角度から発信する。スポンサー募集や寄付を募るといった従来のやり方だけでなく、ダンサーによるトークイベントやリハーサルの公開などを含め、CSRを意識したインセンティブを与える企画をしてゆく。
バレエ業界の方々と長期ビジョンに基づいたマネジメントについて議論する機会はほとんどないけれど、日本の文化芸術がこれからも人々の心を豊かにしてゆく必要不可欠のものとして、今こういう時だからこそ盛り上がっていって多くの人に届いて欲しい。
2021年夏・バレエ鑑賞初心者におすすめの公演
今夏おすすめの公演をご案内。分かりやすくて、チケット代も比較的お手頃な2つの公演をぜひご覧あれ。
清里フィールドバレエ32th『眠れる森の美女』
萌木の村の自然が予期せぬ演出をしてくれる、唯一無二の野外バレエ公演。
初演のジゼルでは、夜の森に囲まれた舞台で、不意の霧や小雨を照明が浮かび上がらせ、その神秘的な美しさが観客を魅了した。第32回となる今年の公演は『眠れる森の美女』。ゲストに小野絢子さん、福岡雄大さん、上野水香さん、柄本弾さんが出演。
- 日時:2021年7月30日(金)〜8月8日(日)19:00開演 ←終演しました
- 会場:清里高原 萌木の村 特設野外劇場
- 詳細:https://www.fieldballet.com
- 良い点:森の中の野外ステージで行われるため、ドレスコードを気にせず、避暑地に遊びに行く感覚で気軽に鑑賞ができる。自然が壮大な舞台装置となり、一御一会の幻想的な舞台を観ることができる。
- 悪い点:天候によって中止になることがある。
新国立劇場バレエ団 子どものためのバレエ『竜宮』
2020年に森山開次が日本のお伽草子「浦島太郎」をモチーフにして作った絢爛豪華なバレエ作品。日本をテーマにしたバレエ・ファンタジーは、子どもだけでなく、大人のバレエファンにもおすすめ。
- 日時:2021年7月24日(土)〜7月27日(火)←残念ながらコロナで途中から中止となりました
- 会場:新国立劇場 オペラパレス
- 詳細:https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/turtle-princess/
- 良い点:トップダンサーが出演するにもかかわらず、チケット代が安い。物語が分かりやすい。
- 悪い点:客席に小さな子どもが多い。子ども向けにアレンジしてあるので、本公演より少し短い。
まとめ:
今回は、初めてバレエを観る方におすすめの鑑賞方法をご案内しました。
- まずは全幕もののバレエ作品をチョイス。
・観る前に作品の物語を予習する。
・作品の時代背景(作られた年代・改訂された歴史・バージョン)をさらっと学ぶ。 - オンラインで観てみる。
・割安で何度も観られるオンラインで観てみる。
・分からないところなスルーしてOK。
・後で調べたり、経験者に聞いて、もう一度観てみる。 - 劇場でバレエを観てみる。
・劇場でのマナーを知っておく。
・堂々と胸を張って、劇場の雰囲気を楽しむ。
最初は誰でも初心者。一歩踏み出してみれば、敷居が高いと思っていたバレエが身近に感じられて、必ず楽しめるようになります。この記事を参考にして、バレエに一歩近づいてくれたら嬉しい。
またオンラインでバレエ公演が配信されることがあったら、私が解説しながら生徒さんたちと一緒に観ることもあるので、ご興味のある方は「40歳から始める大人のバレエサロン」のオンライン会員として、ご一緒に愉しみましょう。
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